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音 楽 を 通 じ て  ・・・ 何 の ・・・  垣 根 を 越 え ら れ る の だ ろ う ?









B O R D E R L E S S











      

      成 績 が よ り 反 映 さ れ る 形               








     海外で 直に 音楽活動 及び お勉強された方に 習いたい、
     との御意向を受け、
     お伺いした際に

     生徒さんから
     告げられた
     最初の言葉は、
     胸に引っかかりを
     感じるものだった。


    「
ト ッ プ と 言 わ れ る 先 生 方 か ら 学 ん で き た し 、
     学 内 で 一 番 の 成 績 が 付 け ら れ た 。
     け れ ど
     一 か ら 学 び た い ん で す 。
     そ し て
     こ れ ま で に 学 ん で き た も の は
     何 な の か を
     知 り た い
・ ・
     マ ニ ア イ マ ス カ ? ワ タ シ
・ ・



     日本で お勉強してこられたこと、は
     なにものにも変えがたいし、かげないのないこと。
     もし いつなんどき
     壁に
     ぶつかったとしたら

     それは、

     受けてきた教育方針が 異なるから 〜 という
     道筋で考えてしまうよりも、
     自身に 〓 問う
     ことで
     自分の問題として
     受け止められるのではないかと思う。



     実際には
     在学中 及び 卒業後、に 至るまでも 〜
     先生に打ち明けられず、
     内密で行動( 留学 )せざるをえない者や、
     様々な状況から
     プレッシャーを かけられているケースも
     珍しくはない。



     ピアノに限って言わせて頂けるならば、
     日本人特有の弾き方( 共通点 )は、
     実際に 存在するもの と思われる。

     だとしても

     それらの奏法 > 日本、というふうに
     イコール > で 括ることはできない
     音楽的根拠性にこそ
     読み取る力を 
     つけることによって、

     そ こ か ら  は じ ま る も の が  あ る 。


                               

       ボ ー ダ レ ス な 視 点を も つ 幅




    「 月に浮かぶ魚 」とは、
     桐朋在学中に出逢った、Aさんの ニック ネーム。

     Aさんは、
     音楽とは別なカルチャーショックを受けていた。
     例えば
     国籍の問題 を かかえていた。

     ・ ・ ・  

     カルチャーショック は 必然的。
     それが
     新たな 理想を
     招き寄せ、
     現実の あり様を
     綴る。


     では どのようにして?
     範疇 の 境界を
     超えられるのだろうか



 

 ・・・ 音 楽 を 通 じ て  国 籍 を  越 え ら れ る よ ね ・・・




     Aさんは言う。
     国籍 や ルーツ に対して
     分かりやすければ、問題ないよ
     見えないところに
     問題、が生じているんだよね



     音 楽 の 故 郷 は
     誰 の も の で も な く 、
     個 々 の 垣 根 が
     な く な っ て ゆ く
     過 程 を 経 る と 、
     見 返 り は
     求 め ら れ な い。



      


     

        

        先にはなにもない
        私は、
        私の道標すべて 後ろに置いてきた
        私は いきどおりを感じた.
        歴史、傾向、舞台、理論に対して、
        旅の物質的な次元は
        どんどん小さくなってゆく,
        空間は 成長し、別の次元.
        想像力の次元を包み込むまでになった.
        純粋の想像力.
        先にはなにもない
        見てみよう
・・・




                                    ( 抜粋 ) by タデウシュ・カントール
                                     ( ポーランド現代演劇を代表するする演出家の一人。)

      



     私の名前 > KAYOKO( 漢字の方 )は、
     父方の祖父母から つけられた。
     最近耳にした、その名前の 由来。

     私の父の元同僚で、父方の祖父母とも面識があり、
     外務省 国連アジア太平洋経済社会委員会・ESCAPの事務局の次長として
     就任されている、KAYOKOさんの名前を、
     私につけられた、とのこと。

     私の たわいのないお話にも 懸命に 耳を傾けて お話して下さる、
     KAYOKOさんは、
     女性キャリアウーマンとして、
     度々 新聞,メデイア等〜etc

     で 話題となり、取り上げられている。


     自分のルーツに想いを馳せる一方で、
     磨き抜かれた もう一方の世界が
     垣根の距離。



     



     以前、友人が、こんなことを言っていた。

    「 僕の友人の数学者は、
     トランプ が 好きじゃないんだよ。 独創性 が ないから。 」


     

     個人的な 理由は、
     近すぎて
      最も遠い。



     音 楽 へ の > 回 路
     と し て の
     演 奏 〓 身 体 的 記 憶


     遠まわりな
     近道。



     音 楽 は 何 の 垣 根 を 越 え ら れ る の だ ろ う か ?




     



 

          そのとき以来ずっと
          生は
          私の想像力の
          貧しい
          部屋を 侵犯してきた
          そしてそこを支配しはじめた。
          生の堂々とした
          荘厳さのかわりに
          がらくたや
          みすぼらしい廃物を
          利用している。
          私の大胆さに対して
          復讐したいと思っているようだった。
          そのために私は
          敗北し、失敗した。
          絶望のなかで
          私は
          私の貧しい部屋の
          片隅に
          隠れ家を求めた。
          先にはなにもない!
          私は叫んだ。
          私が身を委ねた
          イメージを
          呪った。
          私は気違いじみた決断をした。
          ここから出てゆこう。
          永久に。
          それは逃亡ではなく
          むしろ、特権を与えられた
          地位からの
          誇らかな
          撤退であった。
          敗北を認めること。
          私は道化の役割に
          魅せられた。
          だからいつも
          私の劇場
          あの定期市のさしかけ小屋には道化がいるのだ。
          ショーが終わる。
          みんな帰ってしまった。
          小屋の入口には、
          涙で顔をぐしょぐしょにした
          老いたるピエロが
          立っている。
          彼は待っている、
          もうとっくに
          貧しいホテルに帰ってしまった
          コロンビーナを。
          先にはなにもない!
          そしてこの
          生の演劇を
          きちんと終えるために
          エピローグが
          最後のイメージが来る。
         「 このなかに、
          私は残ります
          なによりも
          このイメージが勝利しなければならない。



                            ( 抜粋 ) by タデウシュ・カントール


























                                
                         

 

  只今 ・・・
  タイ の 遺跡や 歴史建造物 などを 〜 観に行くための 準備の合間に、
  ダマンフレールアニチャイ を 飲んでおります。
  お勧め頂いた友人 MISAWさん、どうもありがとう!
  こちらも とっても 美味しいです*(≧∀≦)*



















 チ ャ イ の 歴 史 



紅茶
は、
ヨーロッパ
だけではなく
陸路を経て、
東南アジア
シベリア地方からポーランドまで各地に広く伝わり、
人から人へ、村から村へと
様々な民族の生活や風習に取り入れられ、
その土地に根付いていった。
そこには
イギリス
とは違う茶の文化があった。

その一つに
チャイと呼ばれるものがある。
その作り方は、
『茶は飲むもの』という
多くの日本人の既知の概念に沿うものだけではなく、
タイ北部の人々のような、
ナッツやしょうが、肉なども一緒に入れて煮込む『食べる茶』というものでもあった。

食べることが目的でなくともチベットでは、
チャイ
ベースに塩、バターなどを加えて飲んだ。

それは、
ヨーロッパのように嗜好品的な扱いをする茶とは異なり、
日々の生活の中で
身を守り、
栄養
補給を目的とした
必需品としての茶である。

シルクロード沿いの遊牧民の間で
広まっていった茶の文化は、
マナーだのこだわりだのを越えた、
生きるための飲み物であり、
ハーブ
やスパイス、ミルクに酒と、
自由に組み合わされ、
その味が
受け継がれてきた。



                                 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C1%A5%E3%A5%A4






 







B O R D E R L E S S P A R T O N E
□ 
成 績 が よ り 反 映 さ れ る 形
 ボ ー ダ レ ス な 視 点 を も つ 幅
 演 奏 身 体 的 記 憶